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宇都宮地方裁判所栃木支部 昭和33年(ワ)34号 判決

栃木県大田原市大田原一、八一八番地

原告

平松広国

被告

右代表者法務大臣

愛知揆一

右指定代理人訟務管理官

河津圭一

法務事務官 綾部康弘

大蔵事務官 発生川勝已

同 田村要

右当事者間の昭和三三年(ワ)第三四号損害賠償請求事件につき、当裁判所は、昭和三四年三月四日終結した口頭弁論に基いて、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする

事実

原告は、「被告は原告に対し、金十一万九千五円を支払え、訴訟費用は、被告の負担とする」との判決を求め、

その請求の原因として、

一、昭和二十九年十一日九日、原告が善意の意志において、有価証券取引法の規定に従つて、東京都中央区日本橋兜町二の三〇山崎証券株式会社(東京証券取引所正会員)を通じ、青森県上北郡三本木町字稲生町一九一番地、郡川光義名義の大阪市北区宗是町一番地川南工業株式会社株式一千株を取得して所持していた処、当該株券譲渡証書(商法第二百五条第一項の書面)について、紙印税法違反けん疑(印紙税法第四条第三十一号該当)物件として、昭和三十年一月十一日、栃木県栃木市本町五六六番地栃木税務署間税課事務室において領置され、三年五ケ月を経過した現在まで、前記印紙税法違反けん疑事件の終了の通知、及び前記譲渡証書の返却を受けていない。

また、昭和三十三年六月二十三日、栃木税務署に対し、前記事件の終了の有無、及び、譲渡証書の保管の有無について照有した処、同年六月二十八日附で、犯則けん疑者である郡川光義が通告の旨を履行しないので、栃木税務署長が、昭和三十一年九月一日、宇都宮地方検察庁栃木支部検察官に告発したところ、同年同月四日、証拠物件と共に青森地方検察庁八戸支部へ事件移送の旨回答があつたが、解決の見込の程は不詳である。

二、従つて、原告は、昭和三十年一月十二日以後、川南工業株式会社株式一千株(額面五万円)について財産権(当該株式の譲渡、又はその他の処分、名義書換による配当金又は利益分配金の受領、新株式引受権の喪失、株主総会の権利の主張等)を違法に侵かされているので、これによつて原告の受けた損害は、

(一)、川南工業株式会社株式一千株の額面五万円に対する、国税徴収法第三十一条の六の国税還付加算金の規定に準拠して、本件株券譲渡証書領置の日の翌日である昭和三十一年一月十二日から、本件訴状作成の日である昭和三十三年七月一日まで、日歩三割の割合によつて算出した一万九千五円の損害と、

(二)、前項株式一千株につき、各株主総会ごとに、一株一個の議決権を行使できなかつたことによる、得べかりし利益は金五万円で合計千株については五千万円

であつて、日本国憲法第二十九条による財産権の不可侵について同法第十七条、及び国家賠償法第一条の規定による賠償を求めるのであるが、多額の貼用印紙になるので、右(一)の一万九千五円と、(二)の内二株二個の議決権不行使による損害十万円との合計十一万九千五円の賠償を求める。

と述べ、

立証として 甲第一号証の一、二、甲第二号証の一の一ないし十九、甲第二号証の二の一ないし五、甲第三号証の一、二、甲第四号証の一の一、二、甲第四号証の二、甲第五号証の一、甲第五号証の二の一、二、甲第六号証を提出し、乙号各証の成立を認めた。

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする、」旨の判決を求め、

原告の主張する請求原因事実に対し、

請求原因一の事実は認める(但し解決見込不詳の点を除く)、

同二の事実は争う。

と答え、

被告の主張として、

原告は、昭和三十年一月十二日以降栃木税務署係官、その他の国の公務員に、本件株券譲渡証書十通(以下本件証書という)を違法に占有され、そのため、本訴請求のような損害を加えられていると主張している。しかし原告の右主張は次に述べるとおり失当である。

一、本件証書の占有は違法でない。

(イ)  原告は、昭和三十年一月十一日当時栃木税務署勤務の大蔵事務官であつたが、同日、同税務署間税課大蔵事務官村上有敏に対し、訴外都川光義作成の本件証書を提示し、うち八通については貼用印紙に不足があり、他の二通については貼用印紙に消印のしてないことを指摘し、本件証書を任意提出した。

(ロ)、そこで、右村上事務官は即日、国税犯則取締法第一条第一項の規定に基き、右印紙税法違反嫌疑事件の調査のために本件証書を領置し、次いで、栃木税務署長は、昭和三十一年二月十一日、訴外都川光義に対して同法第十四条第一項の規定による通告処分を行つたが、同人が右通告を履行しなかつたので、同年九月一日、同法第十七条第一項の規定により、宇都宮地方検察庁栃木支部に対して訴外都川を告発し、その際、同法第十八条第一項の規定により、本件証書を領置目録と共に検察庁に引き継いだ。

(ハ)、その結果、本件証書は、同法第十八条第三項の規定により、以後検察官が刑事訴訟法の規定により押収した物と見なされることになつたが、同検察庁では、訴外郡川の住所が青森県三本木市大字稲生町一九一番地であつたので、同年九月四日、右事件を青森地方検察庁八戸支部に移送したところ、同支部では、同年十月十八日、これをさらに三本木区検察庁(現十和田区検察庁)に移送し、その際、本件証書は、右事件の移送と共に順次引継ぎされて、最後は、三本木区検察庁でこれを保管していた。

(ニ)、しかるところ、同検察庁は、同年十月十九日、右事件について、三本木簡易裁判所に略式命令を請求し、同裁判所は、同月二十二日右命令を発布し、同命令は同年十一月八日確定した。

(ホ)、そこで、本件証書は、刑事訴訟法第二百二十二条第一項、同法第百二十三条第一項の規定により差出人である原告に還付されるべきであつたと思われるが、同検察庁の検察官副検事相馬兼松は、前期引継の間に生じた関係書類の転記誤により、訴外郡川が本件証の差出人であると誤認し、同年十一月二十六日、本件証書を訴外郡川に還付したものである。

(ヘ)、以上の事実によれば、右還付までの間、国の公務員が本件証書を占有していたのは法律上正当の権限によるものであること明らかであつて、その間何らの違法の点は無く従つて右占有により原告に何らかの損害が生じたとしても、それは原告の忍ばなければならないところであり、逆に単に右占有の継続により、原告に損害が生ずるの故をもつて、右公務員等の行為が生ずるの故をもつて、右公務員等の行為が違法となるべき理由は無い。

二、原告には、本件証書の領置による損害が無い。

(イ)、原告には損がない。

(1)  原告は、昭和二十九年十一月九日、山崎証券株式会社栃木出張所を介し、訴外郡川光義から訴外川南工業株式会社(以下訴外会社という)の株券千株を一株六円、合計六千円で取得したものであるが、

(2)  訴外会社(造船、造機業)は、昭和二十八年三月、不渡手形発行によりその株価が低落し、その株式は、昭和二十九年四月上場廃止となつており、現在の市価は約十四円である。

(3)  しかして、その間、訴外会社は、昭和三十年九月七日、長崎地方裁判所から破産宣告を受け、昭和三十二年五月同地方裁判所に強制和議の申立をし、昭和三十三年六月東京高等裁判所から強制和議の認可を受け、同年十月十三日長崎地方裁判所から破産終結の決定を受けた関係上、昭和三十年五月から昭和三十三年十月十二日まで、その事業活動を中止していたものである。

(4)  そのため、訴外会社は、原告の本件株券取得以後現在までの間、昭和三十年六月二十九日、昭和三十二年七月八日の二回、株主総会を開いたが、増資、配当は一切していないものである。

(5)  従つて、国の公務員の本件証書の占有により、本件株券の名議書換ができなかつたとしても、原告はこれによつて、格別の損害を受けているものでない。

(ロ)  原告に損害があるとしても、それは本件占有によるものでない。

なお、仮りに、原告に何らかの損害があるとしても、それは直ちに、国の公務員が本件証書を占有していたことによるものではない、けだし、原告は、本件証書が印紙税法に違反したものであつて、そのため領置されたものであることを熟知していたのであり、従つて、原告としては、いつでも本件株券の譲渡証書を作成交付することを求め、その証書により本件株券の名義書換をし、その損害を避け得たものである。

と述べ、

立証として、

乙第一号証の一、二、乙第三号証の一ないし四、乙第四、第五号証、乙第六号証の一ないし四、乙第七号証、乙第八号証の一ないし四を提出し、甲号各証の成立を認めた。

理由

一、原告が昭和二十九年十一月九日、山崎証券株式会社を通じて、訴外郡川光義名義の川南工業株式会社株式一千株を取得したところ、その株券譲渡証について、印紙税法違反けん疑物件として、昭和三十年一月十一日、栃木税務署間税課事務室において領置され、それより三年五ケ月を経た現在まで、右印紙税法違反けん疑事件の終了の通知、および領置された譲渡証書の返還も受けてないこと、また、原告が、昭和三十三年六月二十三日、栃木税務署に、前記事件の終了の有無、および、譲渡証書の保管の有無について照会したところ、同月二十八日附で、犯則けん疑で者ある郡川光義が通告の旨を履行しないので、栃木税務署長が昭和三十一年九月一日宇都宮地方検察庁栃木支部検察官に告発したところ、同月四日、証拠物件と共に青森地方検察庁八戸支部へ事件移送の旨回答があつたことは、当事者間に争がない。

二、右のように、原告は国の公務員によつて、前記譲渡証書を領置されたため、川南工業株式会社株式一千株についての財産権を違法に侵害されたというのであるが、

(イ)、昭和三十年一月十一日、栃木税務署係官が本件株券譲渡証書十通を領置したのは、当時右税務署に勤務していた原告が、右係官に対して、訴外郡川光義作成の本件譲渡証書十通のうち、八通は貼用印紙不足、他の二通は貼用印紙に消印のないことを指摘し、任意に提出し、右係官は、印紙税法違反けん疑事件の証拠物件として領置し、(以上は当事者に争ない)、栃木税務署長は、昭和三十年二月十一日(被告は三十一年というが乙第四号証により誤記と認める)三本木税務署に、前記訴外郡川に対する国税犯則取締法第十四条第一項の規定による通告処分を嘱託したところ、昭和三十一年八月六日附で、三本木税務署長から栃木税務署長に、右通告の旨を履行しない旨の通知があつたので、栃木税務署は、同月三十一日附で、同法第十七条第一項の規定により宇都宮地方検察庁栃木支部に対し訴外郡川を告発し、同時に本件譲渡証書を領置目録と共に右検察庁に引き継いだ(以上は成立に争のない乙第一ないし第五号証によつて認められる)。

(ロ)、ところが、右宇都宮地方検察庁栃木支部は、前記告発事件を、同年九月四日、青森地方検察庁八戸支部に移送し、同支部は、さらに、これを、同年十月十八日、三本木区検察庁(現十和田区検察庁)に移送し、本件譲渡証書は、右事件の移送と共に順次引継がれて三本木区検察庁に保管されていた、同検察庁は同月十九日、右事件につき、三本木簡易裁判所に略式命令を請求し、同裁判所は、同月二十二日右命令を発布し、同年十一月八日右命令は確定した。(右は当事者間に争のないことであり、また成立に争のない乙第六号証の一ないし三によつて明らかである)

(ハ)、さて、訴外郡川光義に対する印紙税法違反事件は右のように終つたので、この事件に関する証拠物件として領置された本件譲渡証書は、差出人である原告に返還されるべきところ、三本木区検察庁副検事相馬兼松は、同年十一月二十六日、これを訴外郡川光義に還付したものである、(この事実は成立に争のない乙第五号証、第六号証の三、四によつて認められる)。

三、以上の事実を判断すると、本件株券譲渡証書十通を、まず、栃木税務署係官が領置して保管し、これを宇宮地方検察庁栃木支部、青森地方検察庁八戸支部、さらに、三本木区検察庁へと順次引継がれたことは、いずれも国の公権力を行使する公務員がその法規に基く職務執行々為によつてなされたもので、違法と見られるものがない。

原告は、栃木税務署長の、国税犯則取締法第十四条による通告処分につき、事務怠慢があつたというが、前記認定のように事件を知つてから一ケ月にして通告処分をしているので、職務執行につき怠慢であつたと見られない。ただ三本木税務署長が栃木税務署長より通告処分の嘱託を受けてから、その通告処分不履行の旨を栃木税務署長に通知するまでに相当長い期間があつたようだが、これによつて直ちにこれら国の公務員に職務執行につき怠慢など違法の行為があつたと見られない。

また、原告は、本件株券譲渡証書の長期間にわたる領置行為が法律上正当な権限によるものとしても、これによる原告の受けた損害については、国は憲法第十七条により賠償の責任があるというが、右領置は、被告の任意提出のものであり、その後、被告が株券の名義書換など必要とするときは、仮還付の請求、その他の方法をとることによつて、その目的を達し得られたものであるのに、漫然放置しておいて損害があつたからといつて、これを直ちに、「公務員の不法行為により、損害を受けたとき」に当ることにはならない。

次に、昭和三十一年十一月二十六日、当時本件株券譲渡証書十通を領置保管していた三本木区検察庁が、事件終了したというので、これを原告に還付すべきものを、訴外郡川光義に還付したことは、これを処理する国の公務員が、その職務執行につき少くも過失による違法があつたものとするのが相当である。

故に、これによる昭和三十一年十一月二十六日以後、原告の受けた損害については、国に、これを賠償する責任があるというべきであるが、

原告は、本件株券譲渡証書を還付を受けなかつたことによつて名義書換ができなかつた川南工業株式会社株式千株の、総額面五万円につき、日歩三銭の割合による損害、および、各株主総会ごとに、一株、一個の議決権を行使できなかつたことによる、得べかりし利益五万円宛の損害を受けたと主張しているけれども、本件にあらわれた全証拠によつてもその損害発生の事実、および数額を確認することができないのでこの主張を認めることができない。

四、よつて、他の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は結局理由ないものであるから、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のように判決したのである。

(判事 伊藤泰蔵)

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